東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)64号 判決
一 特許庁における手続の経緯、本件特許発明の要旨および各審決の理由の要旨については、当事者間に争いがない。
二 そこで、つぎに審決を取り消すべき事由の有無について判断する。
1 まず、本件特許発明の技術内容をどう理解すべきかについて審究する(取消事由の(一))。
成立に争いのない甲第一号証(本件特許公報)によれば、本件特許明細書の「特許請求の範囲」の記載は、請求の原因2(本件特許発明の要旨)のとおりであり、その末尾には「ブレークオーバー電圧を増大せしめ且この温度依存性を減少せしめるようにしたことを特徴とする制御電極を有する半導体電気装置」なる明確な記載が認められ、さらに「発明の詳細な説明」欄にはつぎのとおりの記載が認められる。
(一) 「本発明の目的は制御電極を有する半導体装置に於て漏洩電流の変動によるブレークオーバー電圧の変動に対する影響を減少せしめ且高温度に於ける特性変化の影響のない安定な制御電極を有する半導体電気装置を得るにある。」(本件特許公報第一頁左欄九行ないし一二行目)
(二) 「制御電極を有する半導体装置はコントロールドレクチフアイヤーとして公知である。この半導体装置は通常拡散法にてシリコンを基体として製作され、……電極6及び7間にゲート電流を流さない状態では電極5及び7間は非電導状態であるが、ある一定電圧に達すると急に非常に抵抗の少ない電導状態に移る。この時の電圧はブレークオーバー電圧と称され通常三〇〇V前後である。このブレークオーバー電流が流れるまでの電圧範囲に於て漏洩電流(リーケージ電流)の流れることは好ましくない。又半導体素子特有の温度依存性はこれをできる限り小ならしめることが望まれる。」(同公報第一頁左欄一三行ないし三〇行目)
(三) 「第一図に於てはNPN型のトランジスタのαに依存することが多い。これに基づき本発明者等は後者のトランジスタ型式に於て電流の小なる範囲(即ち、漏洩電流の範囲)ではαが極めて小さくなるようにP型層3とN型層4とを素子の内部に於て部分的に短絡した。」(同公報第一頁右欄二行ないし七行目)
(四) 「前述の本発明構成によれば、P型層3及びN型層4が短絡されているので従来装置に比してN型層4、P型層3、N型層2によつて構成されるトランジスタ型式によつて影響されるリーケージ電流が殆んどない。又、これによつて電極5及び7間のブレークオーバー電圧は従来のそれに比し五〇Vも向上した。又、本装置のブレークオーバー電圧の温度依存性が極めて小となる。」(同公報第一頁右欄三二行ないし三八行目)
(五) 「一般に半導体のリーケージ電流は温度と共に増加する。即ち第一図に示す装置に於てNPNトランジスタ型式αが温度と共に増加する。若しPNPトランジスタ型式のαを無視すれば、
<省略>
但し
Ic=全リーケージ電流
Ico=P型層3及びN型層2だけがあつた場合のリーケージ電流
α(NPN)=NPNトランジスタ型式の電流増幅率の関係式に従つて全リーケージ電流は加速度的に増加する。従つてブレークオーバー電圧を減少せしめる結果となる。
然るに、本発明は層3と層4とを一部短絡してあることにより、NPNトランジスタ型式のαが小電流範囲(リーケージ電流のオーダーの範囲)で小さく、従つて前述の不都合を大部分取去り得、ブレークオーバー電圧の温度依存性が減少する。この関係は第六図より明らかであろう。即ち第六図中αは本発明を適用せざる場合の電極5及び7間の電流Ic(Ioとあるのは誤記)対第一のN層、第二のP層及び第二のN層のトランジスタ型式のα特性を示すもの、同図bは本発明を適用した場合の特性を示すもので、これにより明らかな如く、本発明では電流Ic(Ioとあるのは誤記)の小なる範囲に於てαが0(Cとあるのは誤記)又は極めて小さく、従つてαが大であればリーケージ電流が大きくなり、且温度依存性が大となるという欠点を本発明では除去し得るものである。即ち電流Icとブレークオーバー電圧とは逆関係であるので本発明ではこのブレークオーバー電圧が高く、しかも温度依存性が減少する。」(同公報第一頁右欄三八行ないし第二頁左欄二〇行目)
以上詳細に引用したような「特許請求の範囲」の記載ならびに「発明の詳細な説明」における記述を総合して判断すると、本件特許発明の狙いとする技術内容はつぎのようなものと理解するのが相当である。
すなわち、本件特許発明は、コントロールドレクチフアイヤーと称される制御電極を有する半導体電気装置(この装置をSCR三端子素子とも称することについては、当事者間に争いがない。)に関して、PNPN四層型式を有し、PNP(第一P層1と第一N層2と第二P層3)をもつて構成されたトランジスタ型式のαよりもNPN(第一N層2と第二P層3と第二N層4)をもつて構成されたトランジスタ型式のαを大となるように構成し、αの大なる方のNPNトランジスタ型式の第二P層3に制御電極(6)を、前記第一P層(1)に第一電極(5)を、前記第二P層(3)と前記第二N層(4)の接合部中、前記制御電極と該接合部との間の最短距離より遠い距離にある一部の接合部を短絡すべく、第二P層(3)及び第二N層(4)上に延長せる第二電極(7)とを設けた構成を採択し、第二P層(3)と第二N層(4)が短絡されている構成によつて、従来の短絡されていない装置(明細書第一図の構造)に比べ、ゲート電流を流さない状態において電導状態に移る電圧であるところのブレークオーバー電圧(前記認定(二)の定義参照。)を増大せしめ、かつその温度依存性を減少させるところに発明の狙いをもつていると認めるのが相当である。
この点、原告は、右の理解とちがつて、本件特許発明は、その構成によつてSCR三端子素子として制御電極が動作するときに、ゲート電流の小さい範囲では、第一N層(2)と第二N層(4)とに挟まれた部分の第二P層(3)、すなわちカソード下のゲート領域部分に電流閉路(第二の電流路)を形成するもので、このゲート電流によつてカソード―ゲート接合をオンさせ、SCR三端子素子全体をターン・オンさせるものであり、このゲート電流の温度依存性が小さいのでゲートを用いてSCR三端子素子をターン・オンする際の温度特性を安定にすることができるようにしたものであると主張し、審決は、前記の第二の電流路の存在及びそれに基づく作用効果を看過したと主張する。
しかしながら、原告が右主張の根拠とする「発明の詳細な説明」欄三行ないし四行目の「高温度に於ける特性変化の影響のない安定な制御電極を有する半導体電気装置を得るにある。」との記載は、本件特許発明の目的を記載した前記認定(一)の記述の一部分であつて、原告指摘の個所を含めた右認定(一)の記載部分を原告が理解するように解することは無理である。
というのは、かえつて、右記載部分は、前掲「特許請求の範囲」の記載ならびに前記認定(二)ないし(五)の説明と総合してみると、「ゲート電流を流さない状態において、漏洩電流(リーケージ電流)の増加によるブレークオーバー電圧の減少とその温度依存性が大となるという欠点を除去しブレークオーバー電圧を増大せしめ、かつその温度依存性を減少せしめるようにした安定な制御電極を有する半導体電気装置を得るにある。」との趣旨と解するのがきわめて自然であり、本件発明の装置が制御電極を有し、その使用にあたつてはゲート電流を流すものであつても、右改善の点はゲート電流との関連におけるものとは到底解することができないからである。
この点、原告は、「発明の詳細な説明」欄第二頁左欄二一行ないし三三行目の「電極6及び7間に電源10よりゲート電圧を加えれば電極6よりP型層3及びN型層4を通る閉路とP型層3のみを通つて電極7に達する二つの閉路が考えられ得るも、電流の小さい範囲ではP型層のみを通つて流れるが、その電流によつて電極7(電極5とあるのは誤記)及び6間の電圧がある一定電圧(例えば、〇・七V)以上になるとP層からN層を通つて流れる電流が増加し、そのPN境界線(縁部)においてトランジスタ作用が起り、素子は電極5、7間において導電状態に移る。そしてその状態では電極7によりP層3、N層4を短絡してあつてもP層3内の横方向の電位分布によりN層4からP層3を通つて結局電極5に達する電流が大部分をしめることになるのでP層3、N層4を短絡することは本素子の動作上何等障害にはならない。」との記載を援用して原告主張の理由づけとするが、この記載は、ゲート電流を流さない状態においてブレークオーバー電圧の増大及びその温度依存性を減少させるために第二P層3と第二N層4とを短絡しても、いざこれをSCR三端子素子として動作させる場合、何等障害を及ぼさないという消極面についてを述べているにすぎないと解するのが常識的である。
右のとおり、原告が指摘する本件特許明細書の各記載を精査しても、本件特許発明の特徴を原告主張のごとく理解すべき根拠となりえず、さらに、本件特許明細書全体の記載を通してみても、原告のいう第二の電流路についての具体的説明もなく、ゲート電流を流してSCR三端子素子をターン・オンするに際しての特性改善についての積極的な記載を見い出すことはできない。
したがつて、本件特許発明の目的は、ブレークオーバー電圧そのもの、すなわちSCR三端子素子において、ゲート電流を流さない状態(すなわち、制御電極を使用しない状態)におけるブレークオーバー電圧の増大及び該電圧の温度依存性を減少せしめるところにあるとみるのが相当であつて、原告が主張するゲート電流を流してSCR三端子素子をターン・オンする際の特性改善についての作用効果は、むしろ、本件特許発明が前叙の目的をもつてのちに検討するごとき引用例の短絡構造を公知のSCR三端子素子に適用した結果生じた効果とみざるをえない。
そうすると、審決が「本件特許発明において、ブレークオーバー電圧を増大し、かつ該電圧の温度依存性を減少せしめるのは、ゲート電流を流さない状態での特性改善であつて、かかる状態では三端子と二端子とを特に区別して考察する必要はなく、三端子のものも二端子として考察するのが寧ろ自然である。」(両審決とも四丁表三行ないし九行目)とした点を誤りとみることはできない。したがつて、この点の原告の主張は採用できない。
2 つぎに、本件特許発明にかかるSCR三端子素子と引用例の素子との相違点に関する主張について検討する(取消事由の(二))。
(一) 制御電極の有無について
前叙のとおり本件特許発明は、PNPN四層構成を有するSCR三端子素子において第二P層と第二N層とを短絡することによりゲート電流を流さない状態におけるブレークオーバー電圧の増大及びその温度依存性の減少を目的としているものである。一方、成立に争いのない甲第四号証(JOURNAL OF APPLIED PHYSICS VOLUME 30, NUMBER 11 NOVEMBER 1959第一八一九頁ないし第一八二四頁)によれば、引用例刊行物は、「二端子非対称型及び対称型シリコン負性抵抗スイツチ」と題する論文(以下、引用例という。)であり、そこには、制御電極を有しない二端子PNPN素子において、ブレークオーバー電圧の増大及びその温度依存性の減少という作用効果を奏せしめるために短絡エミツタ構造(PNPN四層構成のカソード側のPN層を一つの電極で短絡した構造)を採用したもの(以下、引用例の二端子素子という。)が明示されている(引用例第一八二〇頁第一(a)図、第一八二三頁右欄一行ないし第一八二四頁左欄三行目)(別紙図面(二)上段図参照。)。
そうすると、本件特許発明においても、引用例の二端子素子においても、いずれも前叙のごとき短絡部を設けることによつてブレークオーバー電圧の改善をはかつている点では何ら相違するところがないというべきである。
したがつて、審決が「(引用例)の二端子素子においても本件特許発明の実施例におけると同様に、NPN層で構成されるトランジスタ型式のPN層を一つの電極で短絡し、本件特許発明の前記作用効果と全く同様の作用効果を奏せしめているのであるから、この点において技術思想上特に両者を区別するに足るものが存在するとは認め難い。」(両審決とも四丁表一三行ないし二〇行目)とした判断には、何ら誤りはない。
審決に本件特許発明の技術内容の理解に誤りがあることを前提として審決の右の判断を誤りとする原告の主張は採用できない。
(二) 制御電極と短絡電極の配置について
制御電極を有する半導体電気装置(SCR三端子素子)が、本件特許出願前にコントロールドレクチフアイヤーとして公知のものであつたことは、本件特許明細書の記載(前記認定(二)の認定及び第一図参照。)及び成立に争いのない丙第一号証(CONTROLLED RECTIFIER MANUAL版権一九六〇年ゼネラルエレクトリツクカンパニー)の記載に照らし明らかであり、かつ引用例には、二端子PNPN素子においてではあるけれども、本件特許発明と同様の目的のために、カソード側のP層とN層とを短絡した構成のものが示されており、しかもブレークオーバー電圧の改善はゲート電流を流さない状態における特性改善であつて制御電極の動作とは関係なく、本件特許発明のごとく制御電極を有するSCR三端子素子であつても、ブレークオーバー電圧の改善を考える場合には、二端子素子と同等に考察してよいことが明らかであるから、従来公知のSCR三端子素子に引用例の二端子素子におけるブレークオーバー電圧の改善手段を適用しようと考えることは容易である。このことは、のちに言及するごとく、短絡電極の位置をどこにするかについては問題とする余地があるにしても、引用例の第一八二四頁右欄二六行ないし三一行目に、引用例に述べられたエミツタ短絡構造が制御電極を有する三端子素子にも適用されうることが示されていることからもいえることである。
ところで、従来公知のSCR三端子素子に引用例記載のブレークオーバー電圧の改善手段を適用するにあたつての短絡電極の配置については、一応本件特許発明のおけるごとくSCR三端子素子の制御電極のある側に設けるか、あるいは制御電極のない側に設ける(引用例第一八三二頁第四(a)図参照。ただし、図示は二端子素子)(別紙図面(二)下段図参照。)ことが考えられるが、以下述べるごとく、当業者ならば制御電極のない側に短絡電極を設けることははじめから除外し、短絡電極は、制御電極を有する側のエミツタ接合(カソード側のP層とN層の接合)を短絡するように設けるべきものと考えるのは当然のことと解される。
すなわち、前掲丙第一号証によれば、SCR三端子素子たるコントロールドレクチフアイヤーは、通常の整流器とほとんど同じもので、通常の整流器を、制御電極に小信号が印加されるまでは順方向電流をも阻止するように一部変更したものであること(丙第一号証第七頁一行ないし四行目、訳文第三頁一行ないし三行目)、その逆方向特性は、カソード電圧に対してアノードを負にした場合に本質的にオープン回路(電流が流れないこと)になるという点で通常のシリコン整流器と同様であり、順方向特性は、ゲート端子に信号が印加されない場合に臨界ブレークオーバー電圧以下ではカソード電圧に対して正のアノード電圧を阻止するものであることが認められる。しかしながら、順方向ブレークオーバー電圧を越えることによりまたは適当なゲート信号を加えることにより、素子は速やかに導通状態に切りかわり、単一接合のシリコン整流器のもつ低い順方向電圧降下特性を示すものであること(丙第一号証第二〇四頁七行ないし一五行目、訳文(五)項)が明らかである。右のことから、SCR三端子素子は、逆方向の耐圧をもつ整流器において順方向にコントロールができる耐圧をもたせたものであることが理解される。
しかして、その逆方向の耐圧は、SCR三端子素子自体では、その構成から明らかなように制御電極のない第一P層(1)と第一N層(2)との接合と制御電極のある側の第二P層(3)と第二N層(4)との接合で分担することになるが、SCR三端子素子を実際に動作使用する場合には、第二P層(3)に設けられた制御電極(6)と第二N層(4)に設けられた電極(7)(カソード電極)との間には必ず制御回路(本件特許明細書の第一図においては電源10を含む回路)が接続されるものであることは技術常識上明らかであり、この制御回路が接続されている場合においては、制御電極(6)(ゲート電極)と電極(7)(カソード電極)との間(第二P層3と第二N層4との間)に印加される逆方向電圧は、その間に接続されている制御回路を通して消滅してしまうので、第二P層3と第二N層4との接合が逆方向電圧を保持しえないことは明らかである。それ故、SCR三端子素子において必須の逆方向の耐圧は、実際の動作使用にあたつては制御電極のない側(アノード側)の第一P層(1)と第一N層(2)との間の接合によつて保持されているものと解することができる。そうだとすると、従来公知のSCR三端子素子に引用例記載のブレークオーバー電圧の改善手段を適用しようとして短絡電極を設置するにあたつては、当業者としては制御電極のある側に短絡部分を設けることを当然考えることと解される。けだし、制御電極のない第一P層(1)と第一N層(2)との接合を短絡するごとく短絡電極を設けるとすると、SCR三端子素子としての必須の要件である逆方向の耐圧を保持する手段が存在しなくなり、実際の使用状態においてSCR三端子素子としての機能を発揮しえなくなることが明白であるからである。
以上のごとく、当業者がSCR三端子素子におけるブレークオーバー電圧の改善のために短絡エミツタ構造を採用するに際しては、短絡電極を制御電極を有する側に設けることが技術常識上容易に考えられることとすると、短絡電極の配置位置は、制御電極との関係において、どこにするかの問題に帰着し、結局その短絡電極の配置位置を制御電極(ゲート電極)から最短の距離にするかあるいは最短距離より離れた遠い位置にするかの二者択一の問題にすぎないことになる。しかして、当業者の技術常識からすれば、制御電極と隣接した最短距離に短絡電極を設けたのでは、制御電極からゲート電流が直接短絡電極に流れてしまい、SCR三端子素子としての制御機能を発揮し難くなると考えるであろうから、その場合当業者としては、短絡電極は制御電極から離れた遠い位置に設けるであろうと推認される。したがつて、そのことには格別困難性があるものとは考えられない。成立につき争いのない甲第六ないし第八号証には、制御電極に近い位置に短絡電極を設けた構造も認められるが、右刊行物の記載内容によつても右推認を覆えすに足るものではない。
したがつて、審決が右同旨の説示をした(両審決とも四丁裏二行ないし九行目)うえ、本件特許発明におけるごときαの大の方のトランジスタ型式の第二のP層に制御電極を設け、この制御電極とその接合部との間の最短距離より遠い距離にある一部の接合部を短絡する電極を設ける構成(審決の(b)の構成)が必然的に採用されるものであるとした(両審決とも四丁裏一〇行ないし一六行目)判断には何ら誤りはない。
この点、原告は、引用例におけるエミツタ接合短絡の技術思想は、ベース電極を用いずにスイツチング制御動作を行わせるものであつて、本件特許発明におけるごとくベース電極を用いる制御動作とは結びつけられない思想であり、このことは引用例第一八二四頁右欄二六行ないし三九行目の記載及び第一八二二頁第四(a)図によつて、下側のトランジスタ型式(制御電極が設けられていない側のトランジスタ型式)のエミツタ接合を短絡した三端子素子が示されていることから明らかであると主張する。
なるほど、原告指摘の記載個所と第四(a)図(別紙図面(二)下段図参照。)とを合わせ読むと、第一P層と第一N層との接合(J2)を短絡した構造の三端子素子(以下、引用例の短絡三端子素子という。) (別紙図面(三)参照。)を考えることができる。
しかしながら、引用例第一八二四頁の右の記載は、すでに認定したごとく第四(a)図のような短絡構造をもつ二端子素子の上面にベース電極とカソード(エミツタ)電極を設けることによつて制御電極を有する三端子素子とすることができることを説明し、たんにその一例として第四(a)図を示したにすぎず、その記載個所には、短絡した側に制御電極を設けることができないことを示唆する記述はない。また、引用例全体を精査しても、引用例の前叙の技術思想がベース電極を用いる制御動作とは結びつけられないものと理解すべき記載はない。
さらに、原告は、本件特許発明にかかるSCR三端子素子において、逆方向の電流を阻止するような機能の有無はスイツチング素子の動作には何ら関係がなく、したがつて、順方向のみならず逆方向の耐圧が大きくなければ素子として機能しないとか、さらに順方向のブレークオーバー電圧の改善にあたつても逆方向の耐圧が必須であるとか考えるのは誤りであると主張する。
そして、前記引用例の短絡三端子素子においては、カソードーアノード間に短絡されていない接合が二個(第四図(a)でいえばJcJEI)あるからいずれの方向にも耐圧が存在するし、この素子はGTOとして現実に高耐圧素子として使用されていることを指摘し、さらに、本件特許発明が対象としているPNPN素子の負性抵抗特性は、P型アノード領域(第一P層(1))を正の電圧にするような電圧方向(順方向)において現われ、用いられるものであるから、スイツチング素子として保持すべき耐圧は、そのオフ状態を規定どおり維持するような順方向の耐圧以外にはないと主張する。
しかしながら、SCR三端子素子の負性抵抗特性は、順方向において現われ、用いられるものであるとしても、すでに検討したごとく、このSCR三端子素子も整流器の一種として逆方向の耐圧を必須の要件とするものであるから、原告の右の主張には首肯できない。また、引用例の短絡三端子素子は、制御電極を有しない側のPN接合(第四図(a)でいえばJ2)を短絡しており、したがつて、逆方向の耐圧は存在していないとみざるをえない。引用例の短絡三端子素子のごとき構造の素子が、GTO(ゲート・ターン・オフ・サイリスタ)として現実に使用されていることは当事者間に争いのないところであるが、このGTOは、順方向の耐圧のみを有する素子であつて逆方向の耐圧を保持しえない構造のものであり、その特色はゲートに逆方向の電流を加えてターン・オフさせるところにあつて、前叙のごとく逆方向の耐圧を必須要件とするSCR三端子素子とは別異のものである。したがつて、GTOが現実に用いられているからといつて、本件特許発明が対象とするSCR三端子素子に逆方向の耐圧が必須でないと考えることはできない。
この点の原告の主張は採用できない。
3 以上のとおりであるから、審決の認定及び判断に誤りがあるとする原告の主張は失当であり、両審決が、本件特許発明は特許法第二九条第二項に該当し、同法第一二三条の規定に基づいて本件特許を無効としたことは、正当であつて、審決にはこれを取り消すべき違法はない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める本訴請求は失当として棄却することとする。
〔編註〕 本件における特許発明の要旨は左のとおりである。
第一のP層(又はN層)と、該第一のP層(又はN層)上の第一のN層(又はP層)と、該第一のN層(又はP層)上の第二のP層(又はN層)と、該第二のP層(又はN層)上の一部の領域に形成された第二のN層(又はP層)とよりなるP―N―P―N型式(又はN―P―N―P型式)を有し、前記第一のN層(又はP層)、第二のP層(又はN層)及び第二のN層(又はP層)を以つて構成されたトランジスタ型式のαが第一のP層(又はN層)、第一のN層(又はP層)及び第二のP層(又はN層)を以つて構成されたトランジスタ型式のαよりも大なる如く構成され、前記第一のP層(又はN層)にのみ接触せる第一の電極と、前記第二のN層(又はP層)の有せざる前記第二のP層(又はN層)上にのみ接触せる制御電極と、前記第二のP層(又はN層)と前記第二のN層(又はP層)の接合部中、前記制御電極と該接合部との間の最短距離より遠い距離にある一部の接合部を短絡すべく前記第二のP層(又はN層)及び前記第二N層(又はP層)上に延長せる第二の電極とよりなり、前記第一及び第二の電極間に電源を通じて負荷が接続され、前記第二の電極及び前記制御電極間にゲート電源が接続され、ブレークオーバー電圧を増大せしめ且つこの温度依存性を減少せしめるようにしたことを特徴とする制御電極を有する半導体電気装置。